2012/2/3 ●フーグリー河近くの屠殺場に行ってみる

google mapのコルカタのページをあれこれと眺めていると、昨日行った植物園のフーグリ河を挟んだ対岸に、slaughter houseという施設があるのを見つけた。ここにも屠殺場があるらしい。早速行ってみようと思う。昨日本屋で買ったコルカタの地図に大体の位置をポイントしようとすると、ぎりぎりのところで見切れている。地図ではslaughter houseの近所までしか載っていない。仕方ないのでgoogle mapを見ながら、周辺の道路の名前やモスクの名前などを紙に書く。この辺りまで行って人に聞けば分かるだろうと考えて宿を出る。


実は昨晩涼しかったせいで、朝起きると少し熱っぽかった。でも動き出したら勢いもあって、まあどうにかなるだろ、と思っていた。


チョウロンギー通りでタクシーを拾う。運転手に通りの名前を伝えると大体あの辺、というのは察してくれたようだが、モスクやらslaughter houseなどは知らないようだ。自分も地図は持ってきたものの、はっきりと場所を分かっていないのだから、頼りない二人で現地に向かう。案の定途中から運転手も道が分からなくなり、「どっちの道か指示してくれ」と言い出し、自分も地図が見切れて分からないエリアで適当に指示し、明らかに大回りするなどして1時間以上走り続けた。いい加減運転手もぶち切れそうになってきたので、大体のところで降ろしてもらい、そこからは歩いていくことにする。料金でもめたが、結局200Rs払った。


その辺の人に尋ねてみるが、ちっとも埒が明かない。モスクの名前くらいは通じるだろうと思いきや、誰も知らなかったりする。1時間以上歩いてまったく見当違いのところに来たのかな、と思い始めたところでモスクを知っている人に出会い、通りを一つ間違えていることに気がつく。リクシャでタクシーを降りた付近まで戻り、さらにそこで正しい通りを見つけて、また人に尋ねながら歩く。slaughter houseと書いた紙を見せても通じず、モスクの名前も通じないので困ったものだ。確かに周辺はムスリムの町のようだった。きっとこの辺りは間違っていないはずだと言い聞かせながら歩く。熱がぶり返してきたようで足取りが重い。

 

また何十分か歩き、今日は諦めて引き返そうかと足を止め、チャイを頼んだチャイ屋の親父に尋ねると、「ああ、cowが、これね」と首に手を当てて舌を出す仕草を見せた。「そう、そう、そう」と興奮する。場所を尋ねると今歩いてきた道を指差す。なんと通り過ぎてきたらしい。


熱のせいで体がだるいが、大体の場所が分かったことで少し足が軽くなった気がし、また来た道を引き返す。すると不思議なもので、来るときは気がつかなかった一軒の食堂に目が留まった。表で炊いている鍋を見ると肉のようなものがごろごろと入っている。ひょっとしてビーフかと思い尋ねてみると「そうだ」という。ちょうど昼時だったので即座に注文した。奥の土蔵のような暗がりの中で男たちがライスと牛肉入りカレーをがっついていた。肉だけでなく骨や関節部分のようなものも混じっているので、むしゃぶりついているといった様子だ。自分にはライスと小ぶりの皿に牛肉が4,5切れ入った小皿が運ばれた。これでも十分な量だ。わずか17Rs、驚くべき安さだった。


現金なもので、腹ごしらえをすると少し元気になった。教えてもらった箇所でやや小さな通りに入り、しばらく歩く。通りの両側に数件、牛肉の塊をぶら下げている店がある。やはりこの辺が屠殺場に近いようだ。なんとなく大きな建物を想像して歩いていた。というのも以前Tangraという場所で見た屠殺場が真新しいゲートに、建てられたばかりと思われるような真新しいレンガ造りの施設だったからだ。歩きながら何気なく左手のやけに横に細長い建物の窓を覗くと、暗い中にいくつもの鉤状の金具がぶら下がっているのが見えた。「ここか!」周りを見渡すと、閉じた商店の陳列台に二人の男が腰掛けてこちらを見ている。建物を指差して「キル・カーナー?」と声をかけると、「そうだ、2時からだ」と建物脇の閉じられた大きな門扉を指差して答える。「まあ、ここに一緒に座って2時まで待て」と言われる。時計を見ると午後1時だった。

手前の低くて長細い建物が屠殺場 右手の青い門扉から中に入る
手前の低くて長細い建物が屠殺場 右手の青い門扉から中に入る

 

slaughter houseは英式の正式名称のようで地図にもそう記されているし、看板にもそう書かれている。しかし「スローターハウス」と呼んでいる人はほとんどいない。「キル・カーナー」が通称だ。kill(殺す)khana(食べる、食べ物)食べる物を殺す、の意だろうか。それだと通じる。


「1時間待て」と言われて戸惑った。2時から作業が始まるということだろう。正直、なんとなく来てみたのであって、また屠殺の現場を見たいと思っていたわけではなかった。なかなか場所が分からなかったので、何か意地になって探し回ってきたが、熱があって体もだるい。決めかねて何となく男たちと並んで腰を下ろす。「どこから来たんだ?」「肉が欲しいのか?」「足か皮が欲しいのか?」と矢継ぎ早に質問を浴びせられる。「いや、ただ見てみたいだけなんだ」と身振りで伝えてもきょとんとしている。それはそうだろう、何が欲しいわけでもなく、わざわざこんなところまで来てじっと待ってるなんて、変わったやつだな、という目で見られる。


外国人を見たことがない子供たちがみな興味深々でやって来て「ハロー、ハワユー?」攻撃に遭う。あまりにも体がだるくて座りながら居眠りしてしまう。1時半を過ぎた頃、作業が始まるのは3時だぞ、というようなことを周りで話している声が聞こえてきた。やれやれ、まわりにいる男たちとも身振り手振りで話して少し仲良くなったので、今更もう帰るとは言い出しにくくなった。


屠殺場と通りをはさんで反対側が牛の保管ヤードになっていて、連れてこられた牛が多数その中に押し込められている。こういった屠殺にまわされる牛の大半は年老いたり、病気などで農耕にも使えなくなった牛や水牛だという。また、バングラデシュから国境を越えて密輸される牛も多いと新聞で読んだ。牛を見ても年老いているかどうか分からないが、明らかによたついている牛がいる。数メートル歩いては路上に座り込む牛もいる。輸送途中で力尽きたのか、命果てて大きな大八車のようなものに巨体を乗せられてくる牛もいる。


やがて保管ヤードの扉が開き、数頭ずつ屠殺場の中の広場に追いやられる。広場には牛たちが順番を待っている。男たちが施設の中に続々と入っていき、作業が始まった。屠殺の仕方というのは、ムスリムのハラールに従って決められた手順があると聞いたことがある。前にTangraという場所に見に行ったときとほとんど変わらなかった(→3/6 ●インドで牛の屠殺を見に行く)。前に訪れた施設と比べると、古くて小さかったが、屠殺処理される牛の数はざっと見たところでは100頭以上と、さほど差がないように思えた。ただしなぜか保管ヤードに戻される牛が結構いたので、本当のところは分からない。ここは水牛の数が少なく、牝牛が目立った。


作業の様子を眺めていると、自分の肩をトントンと叩く若者がいる。振り向くと「ちょっとあの男のところに行け」と入り口付近の小さなブースの前に腰掛けているでっぷりと肥えた男を指差す。ここを仕切っている男なのだろうか。何か面倒なことになるといやだな、と思いつつ、その男の元に行く。男は元からそうなのか、とても横柄な態度で、「お前何しているんだ?」というようなこと聞いてくる。「いや、ただ見に来ただけだ。」と答える。「写真を撮りたいのか」「いやいや、見ているだけだよ」とかぶりをふる。こちらが写真を撮ってこの男たちが得することなど何もない。写真なんか撮るんだったら出て行け、と追い出されるかもしれない。そばに束になって積まれた牛の足や皮を指し、「あれが欲しいのか」と尋ねられるが、「いや、見に来ただけだから」と答える。何かつかみどころのないやり取りで拍子抜けしたのか、男の質問もパタッと止んだ。


それからその場でしばらく立ったまま屠殺の様子を見ていたが、何となくしらけてしまい、ちょうど帰るタイミングがつかめたと思って、男に丁寧に挨拶をして帰ることにした。始まるまでの間、何かと会話を交わした男たちにもお礼を言って宿に帰ることに。もう熱が高くて限界だった。帰りは幸いなことに乗り合いタクシーが見つかり、エスプラネードまでわずか30Rsで帰れた。タクシーの中で爆睡し、どこをどう帰ったのか覚えていず、宿に帰ってベッドにそのまま倒れこんだ。

屠殺場近くで見かけた牛肉を売る店 ムスリムの町のせいか表に堂々と吊り下げられていた
屠殺場近くで見かけた牛肉を売る店 ムスリムの町のせいか表に堂々と吊り下げられていた