矜持なき教育


 

ここ数日、バンガロールを大きく揺るがしているのは、先日明らかになった有名私立学校で起きた性的暴行事件なのだそうだ。

 

被害者はクラス1で学ぶ6歳女児児童。授業中にトイレに行ったところ、勝手に教室を抜け出したことを咎められ、女性教諭に体育用具室に押し込められ、置き去りにされてしまった。その後にこの学校で児童の運動指導を受け持つジムトレーナーら二人の男が入ってきて性的暴行を受けたのだと報道されている。

 

その後体調を崩し、学校を休み続けた被害児童を両親が不審に思って問い詰め、事件のことを打ち明けられたのが1週間後、医者に診断を仰いで被害を確認した後に、両親は学校に被害を訴えた。しかし学校側の煮え切らない対応を見限って警察に訴え、事件が世間に知れることになった。このあたりの経緯は下の記事に詳しく伝えられている。性的暴行を受けた児童はどのようになり、どのようにふるまうのか。親はどう反応するのか。言葉にするにはあまりにも生々しく、トラウマティックな内容なので、あえて訳さないでおく。

 

→不審者が母親にかけてきた一本の電話が忌まわしい事件の発覚につながった

 

この事件が報道されると、事件が起きた VIBGYOR High Schoolに子供を通わせる親が大挙して抗議と説明を求めるために押し寄せた。

 

特徴的なのは、事件が起きたのが、インド国内でいくつも姉妹校を持ち、バンガロール市内にもいくつも校舎を持つ有名私立校だということだ。High schoolというと誤解しそうだが、日本の小学生にあたるGrade1から高校卒業にあたるGrade10までの一貫教育を行っている。名門らしくちゃんと立派なホームページも開設している。

 

http://www.vibgyorhigh.com/

 

写真には上品でお利口さんな子供たちが、プールで水泳の練習をしていたり、理科の実験をしている様子、IT教室でコンピューターに向かう様などが紹介されている。正直、これまでインドで貧しい学校ばかり訪ねてきた自分などから見ると、これが同じ国に存在する学校なのか、とため息が出るほど立派だ。

 

これほど充実した教育体制を誇る学校でさえ、こんな忌まわしい事件が起きてしまう。

 

さらに衝撃的なのは、先に引用した記事でも少し紹介されているが、事件が起きた直後に、学校側が事件に気がついていた節があることだ。加害者の男二人が現場を去った後、体育用具室に入ってきた別の女性教師が被害児童が出血しているのを見つけ、医者を連れてきて注射を打たせたと児童が証言している。しかし母親が説明を求めるために学校を訪れたときも、責任を逃れるような対応に終始したという。

 

そしてこの事件は驚くべき展開を見せる。この事件が明らかになり、この学校に子供を通わせる親たちが学校に抗議に押しかけたことが報道されると、バンガロール市内にある他の学校が一斉に、親たちに向けてそれぞれ一枚の文書を送ったという。それは概ね「学校内で児童におきる財産面、健康、生命に関わるいかなる被害にも学校は責任を負わない。また親としても学校側に責任を求めない」という旨の書面にサインを求める内容だった。

 

→「学校は子供の安全に責任を追わない」親に承認を求める文書配布

 

今回のように学校の教師やスタッフが、たとえその教え子である児童に被害を与えても、加害者個人はともかくとして学校としては責任を負わない。有名校を含む市内の多くの学校のこうした宣言により、事件を起こした学校以外の子供を持つ親たちを大きく動揺し、反発し、事件の加害者がいまだに逮捕されていないことも相まって、この20日に市民による大規模なデモを引き起こすことになったのだ。

 

→バンガロール市内で数千人規模のデモ---犯人逮捕求め

 

 

 

こうしたことの背景には、インドにおける一部の異常な教育熱とそれに支えられて急成長した私学ビジネスがある。日本のように全国どこへ行っても均質でクオリティの高い公立学校の教育サービスを受けられる国とは異なり、インドでは私立学校優位の国だ。大学や大学院などの高等教育を受けられるまでに進学し、将来は高い報酬の見込める職業に就こうと考えるならば、州政府が運営する公立学校で勉強してはだめだ。高い進学率を誇る有名私学を見つけ出して、そこに子供を通わせないと将来は見込めない。もはや小学校に入学する時点で子供の将来が決まってしまうといっても過言ではない。

 

人気のある有名校は施設の拡充に力を入れ、指導力のある教師を高報酬で雇ってPRする。デリー大学やインド工科大学、インド経営大学校などの有名大学に好成績で入学者を輩出しようものなら、宣伝のために生徒の顔写真入りの看板が街のあちこちに掲示される。

 

→熾烈な争いの受験産業界、宣伝用の受験突破者に札束攻勢で「百万長者」も誕生


 

富裕層の子弟向けの私立学校は、進学率の高さをPRして教育熱の高い親を魅きつけ、時に法外ともいえる授業料を要求する。人気のある学校には入学希望者が殺到することから、ある意味学校側の「言い値」がまかり通り、年度途中にもさまざまな名目で親に費用請求されるという。こうした名門校の増長ぶりが、今回の一連の経緯の背景にあると思われる。

 

私立学校の経営がビジネスという側面を持つのは否定できない。生徒数を確保し、経営を安定させなければ質の高い教育サービスを提供し続けることはできない。学校の信用を落とす不祥事は許されない。しかしだからといって、就学中の児童の安全を守らず、むしろその責任を放棄すると宣言してはばからない教育とはいったいなんだろう。それはつまり、生徒たちに人間として向き合っていないということにほかならない。上っ面の知識や受験技術を施すことだけが教育の役割だというなら、栄養価の高い餌を与え、丸々と肥えた見栄えの良いブロイラーを出荷するのと変わらない。

 

国内外のIT企業が集積し、それら企業に従事する多くの技術者が中間所得層となって居住するバンガロール。子供の教育にも熱心で、大学も多く、いまやインドの中で最も書籍の市場規模が大きい、国内随一の文教都市としても知られている。そこで起きたエリート校の一つの忌まわしい事件、それに続く一連の経緯、特に他の学校の反応は、図らずもインドの教育の世界に蔓延る金権主義と教育者としての覚悟のなさ、矜持のなさを露呈したように思える。そして世界を席巻するインドの頭脳ともてはやされる一方で、インドの教育事情が抱える「危うさ」をそこに感じずにいられないのだ。