●暗いインド

今回、インドの旅行に照度計を持参した。あまり旅行で持ち歩くものではないが、途中でクシナガラを訪れ、学校の中を見せていただく予定ができたので、事前に学校の様子などを調べているうちに、教室が結構暗いような印象を持ったのだ。ただ単に「やっぱり暗かった」という印象を持って帰ってくるだけでなく、せっかくだったら数値で確認したいな、と思い、ネットで一番安い照度計を購入した。

安いだけあって精度はあまり期待できないものの、こんな機会でもなければめったに触れることもないし、家に届いてからは良いおもちゃが手に入ったと喜んで、あちこちで測定して遊んでみた。説明書を読むと、勉強や事務作業をする際には照度400LUXが目安になると書いているが、自分の家だと机やテーブルの上など、何かものを読んだり書いたりするところでは昼間はもちろんのこと、夜でも電気をつければ、まず400LUXを下回ることはない。説明書をもう一度読み直したが、やはり勉強には400LUXと書いてある。意外とハードルが低いようだ。インドに持っていっても意味があるのかな、失敗したかな、と思った。

インドに着いても、ホテルの部屋やロビー、玄関先、外に出て通りの店先など、興味の赴くままに色んなところで測ってみた。すると日本と違って屋内ではどこで測っても圧倒的に照度が低い。窓の近くまで寄れば別だが、インドのホテルはどこも窓が小さく、中には窓が全くない部屋さえあった。夜はもっとひどく、電気を付けて、その下に立って胸の辺で測っても、60LUXぐらいしかないというのがざらだった。恥ずかしながら最近老眼が少し入って来ていたので、本の字が読みにくいなと思っていたが、暗さのせいもあったのかと気付いた。

 

旅行者という立場から考えると、夏などに降り注ぐ強い日差しと、寺院や一般の民家を含む建屋の中の薄暗さとのコントラストは、インドの風景を特徴づける重要な要素であり、強烈な印象を与えてくれる。しかし現地で生きていく者の立場に立つと、果たしてこれでいいのだろうかと疑問もわく。

 

インドの建物内が暗いのにはいくつも原因があるようだ。まず、単純に建物の窓が小さく、数が少ないということ。ホテルではアルミサッシのようなものは見たことがなく、多くは木枠にガラスをはめ込んだもので、日本のように窓枠だけで幅が1間(180cm)もあるようなものはなかなか見られない。せいぜいあってもその数分の一だ。初期コスト(窓ガラスの費用)もそうだが、割れた(割られた)時の修繕コストの問題だったり、防犯上の問題などで窓をあまり大きくしないのだろうか?

建築中の家?商店?明かり採りの小さな窓が2つしかない。
建築中の家?商店?明かり採りの小さな窓が2つしかない。

インドの建物を見ていると、高層マンションなどは別として、普通の民家や3階建てくらいまでの建物は、レンガを積んで周りをセメントで塗り固め、ペンキを塗っておしまいというような、簡単なものが多い。インダス文明の時代には日干しレンガが造られていたそうなので、ひょっとして数千年の間、あまり変わっていない建築方法なのかもしれない。しかもレンガの間に詰めるセメントも結構隙間だらけだったりして、決して丁寧な造りとは言えないものもよく見かけた。建築のことはよく分からない素人だが、ドアや窓などの開口部が多いと建物は構造的に弱くなるとよく聞く。鉄筋コンクリートなどと違って、レンガを簡単に積んだだけの、小さな地震でも簡単に崩れてしまいそうな建築だと、窓や扉などの開口部が大きいと余計に弱いかもしれない。クシナガラで見た学校の、特に校庭などに建てられた建物は、壁が3面だけで一方だけ完全にオープンになった変則的な構造のものが多かった。屋根はトタン板かアルミの板を葺いたようなものが多かった。やはりレンガやセメントのような重量物の屋根を支えるには無理があるからかもしれない。

マルティバンディ小学校の校庭にある教室。このようにトタン板をレンガで押さえた簡単なものが多い。
マルティバンディ小学校の校庭にある教室。このようにトタン板をレンガで押さえた簡単なものが多い。

日本の学校は、自分の通っていた学校を例にとると、たいてい教室の一面はほぼ窓ガラスになっている。児童の腰くらいの高さから、3mはありそうな天井の高さまで、教室の前から後ろまで窓ガラスが続いている。反対側は廊下に面し、その廊下にもほぼ1面窓ガラスが貼られていた。つまり教室になるべく太陽光を取り込んで、児童や学生が十分な明るさの下で勉強できるような環境を作るためには、かなり広い範囲にわたって窓ガラスが必要であり、その開口に耐えうるような丈夫な柱が必要ということなのだろう。日本の学校の教室は、「学校環境衛生の基準」というものがあり、その中で一応確保されるべき照度の範囲基準があるらしい。教室にある生徒の机の上で何箇所か照度を測定し、下限(300LUX)を下回らないように、下回ったとしても最大照度地点とのバランスを取るべく採光窓と電気で調節するように定められているようだ。こういった日本の学校の造りや照度の確保の仕方や基準は、インドでも十分に参考になるし活かせるのではないかと思う。

 

学校環境衛生の基準を参照する

 

今回の旅でウッタルカーシーを訪れた際に宿泊した宿には、食堂が独立してあったが、その食堂はインドではとても珍しい造りで、壁の3面が窓になっていてとても明るいものだった。確か3階建てになっていて、屋上まである立派なもので、3階部分にその食堂があり、宿のオーナー自らが考えて発注したそうで、たっぷり採光できていつも明るかった。インドの、しかもこんな田舎の山奥でも、注文すればこんな建築をしてもらえるということに、素朴に驚いた。こういう建築のやり方は、インドの学校建設のあり方に大きな示唆を与えている気がして仕方がない。

ウッタルカーシーで見た3面が窓に囲まれた宿の食堂
ウッタルカーシーで見た3面が窓に囲まれた宿の食堂

インドの建物内の暗さには電気事情も大きく影響している。学校では電気がそもそも来ていないところもあるし、電気が通っていても天井に電灯が付いていない教室もある。電気が通っていて電灯が天井に付いていても、ちっともそれを付けようとしない学校もある。実際暗い教室でみな勉強していた。クシナガラではそもそも1日の半分くらいは停電だ。電力事情が悪い上に電気代は庶民にとって高額だと聞いた。学校のような施設だけでも安くしてあげたらどうなのかな、と思うのだが。

調べてみるとU.P州の東部には、ゴラクプルから南西60kmくらいのところにあるTandaという町に火力発電所があり、そこで大体U.P州東部やビハール州などの電力需要を賄っているようだが、かなり旧式の発電所らしく、発電量は日本の地方の発電所よりもはるかに小さい。恐らくあの一帯の世帯数を勘案すると、あまりにも非力な発電所なのだろうと思われる。U.P州政権を担うBSP(Bahujan Samaj Party)のサイトに、今後の発電所の建設計画が紹介されている。結構な数で発電量もこれからの時代の電力ニーズを担うにふさわしいように思える。しかし現状では、少なくともクシナガラで周った私立学校の中で、通常の授業で暗いからといって教室に電灯が灯っている教室はなさそうだった。

インドの建物内部の暗さについて、ハード面から思いつくことを挙げてみたが、ソフト面というか、根本的に電気とか明るいことに対してインド人はそれほど執着がないのかな、と感じることもあった。田舎では、つい最近まで夜でも明かりのない生活をしていたので無理もないかもしれない。ウッタルカーシーの山あいに点在する家々や、クシナガラの農村の家々でも、夜は電球が一つか二つがやっと灯っている状態で、しかも停電が頻繁に起きるのだ。日本のように夜でも煌々と明かりに照らされる生活を経験したことがないだろうから、夜はこんなものとの思いも強いのだろう。見たことも経験したこともないものに人間は憧れを持たない。しかしデリーのような都会の、商店が立ち並ぶような通りでも裸電球一つだけで商売しているような情景を見ると、明るさに対する彼らの無頓着ぶりを感じずにはいられなかった。田舎と違って少しは電力事情もマシだと思われるのに、ホテルの部屋でさえ、黄色の小さな電球がいくつかあるだけで、普通に過ごすのには不自由はないが、本を読んだり何か書いたりするには不十分だった。

実際、事務作業に従事している人や勉強に忙しい学生たちなどは、どうしているのだろうか?インドには机上の照明スタンドのようなものもあまり普及していそうにない。暗い所で勉強していれば、自然と近視も進みそうだ。児童たちの視力検査が実施されているのか分からないし、データも見たことないが、一度検査してみたら面白いと思う。一般的にインド人のメガネ着用率はあまり高くないような印象があるが、メガネをかける必要がないからかけていないのか、メガネが高価だから我慢してかけていないだけなのか。。。大学生くらいに限定すればメガネの着用率は高いかもしれない。IITに行ったとき、確かにメガネの着用率は一般と比べて高いと感じた。

クシナガラに滞在していた時、宿泊していた中国寺の向かいにチャイ屋があり、そこのおやじが早朝6時半くらいにミルクを火に掛けるころによく押しかけていき、チャイができるのをゆっくり待っていた。そのチャイ屋の隣では、ほぼ毎日、早朝からパンジャビドレスの女の子が何人かベンチに並んで腰掛けていた。朝6時半よりももっと早い時間からそこにいるようだった。もう少し遅い時間になると、同じ年頃の男の子たちもやってくる。尋ねてみると、そこはコーチングセンターと呼ばれるところで、大学受験の指導をする塾のようなものだそうだ。受験勉強というと、深夜机に向かってガリガリやるもの、というのはどうやら電気がふんだんに使える豊かな国に住む者の発想らしい。インドでは、夜が明けて早朝から勉強していた。

 

 

マイトリ図書館。左手の窓2つは南向き、右手の閉じた窓は西側に面している。子どもたちは床に座って本を読むので、これでも暗いかもしれない。
マイトリ図書館。左手の窓2つは南向き、右手の閉じた窓は西側に面している。子どもたちは床に座って本を読むので、これでも暗いかもしれない。