●物乞いの意地 / 物乞いの論理

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今回、インドを訪れて驚いたことの一つは、物乞いが思ったより少ないということだった。自分が訪れた町は数えるほどだったので、インド全体がどうというのは無理があるかもしれないが、14年前に訪れた時はもっとはるかに多かったように思う。子どもも、赤ん坊を抱いた母親も、指が全てなくなって拳だけになった手を差し出すハンセン病の患者も、手や足を失った人も、たくさん路上に座り込んで、あるいは街ゆく人にまとわりついて喜捨を求めていた。町の一角はまるでフリークショーを現実に見ているかのようだったのだ。

今回、物乞いに会うことはもちろんあったが、率直に言ってそれほど悲壮感を感じなかった。子どもは元来無邪気で、ゲームのような感覚でお金を求めてくる。大人の男はほとんど見かけた記憶がない。大人の女もよく見かけたが、多くは喰うか喰わずかというようなギリギリの瀬戸際というより、のんびりと今日の仕事に精を出しているといった印象だった。その中でも心が揺らいだのは、ゴラクプルで倒れて動けない女性や、そのほかの場所で見かけた何人かの、体に障がいを負って歩くのがやっとといった状態の女性の物乞いだった。

彼女たちは自由にならない体を引きずりながら、通りがかりの人にお金を求めたり、お店や露店に近寄って食べ物をねだって歩いていた。自分は一度も施しを与えたことはなく、また、絶対に施しを与えないと決めていたのだが、だからこそ気になって離れた場所から眺めることが多かった。インドの街かどで他人から施しを受けることは決して簡単なことではない。多くは無視されるだけだが、食堂などに近寄ると、時には店主から大声で怒鳴られたり、棒のようなもので威嚇されることもある。しかしそうして偶然にも誰かが小銭でも渡したときの彼女たちの表情や目に、卑屈ながらも小さな意地と言うか、自分の行為に対し何か決して否定的でないもの、もっと言えば充実感のようなものすら窺えたことがあり、はっとすることがあった。それから、旅行の間に時々そのことを考えるようになった。

インドで、健常者のように体を動かせないということはどういうことなのだろうか。外へ出て働けず、家事がまともにできない。それでも幼いうちから育てられたから今に至るのだろう。インドの多くの家庭では、障がいのある者がただ家の中で座して暮らしていられるような余裕などないだろう。それ以上に家庭の中で疎んじられ、もっといえば虐められ、障がいが原因でなかなか家族の役にも立てない自分へのじくじたる思いが、街角へのそうした行為に駆り立てるのだろうか。。。

インドはReservation(社会的に恵まれないものが、一定の割合で学校や役所などへの入学・雇用を確保される仕組み)が発達している国なので、障がい者にもさまざまな優先枠が与えられているかもしれない。それでも、社会一般の中では差別と偏見の目にさらされることが多いだろう。教育、職業教育を通して一般社会の中で健常者に劣らない役割を見出せないと、いつまでたっても物を乞うことでしか生きられない。


一方で、インドには職業として物乞いを選択する人も多くいる。場所とタイミングを選べば、子どもでも、あるいは子供だからこそというべきか、1日 150~200Rs稼げるという。大人の正規の労働で稼ぐ日当より高かったりする。ある朝路上で物乞いが死んでいるのが発見され、寝床の下から大金が出て きたという話もある。下手にお金を稼げることから、自分の仕事を持ちながら、合間に物乞いをするパートタイマーすらいるという。子どもの中にも、毎週何曜 日は近くの寺院の参拝者が増えるから、という理由で定期的に学校を休んで物乞いに出たり、クシナガラのように毎朝、学校へ行く前の時間に涅槃寺の中で巡礼 客につきまとっている子どももいる。

数年前に医者が相次いで逮捕された事件があった。多額の報酬と引き換えに物乞いの足や手を切断した容疑だ。「よく考えてみろ、お前がもしカネを恵んでやる 立場だったら、健康な人間と、足がなくて哀れな人間とどちらにカネをやる?足の切断なんて素人がやったら、傷口からばい菌が入って死んでしまうぞ。俺は医 者だからあとの治療までちゃんとやってやる。」と物乞いを装ったカメラマンに説得している様子がカメラに収められて発覚し、大騒ぎになって警察が動き出さ ずにいられなくなったという。マフィアがスラムの子供を集めて歌を教え、目を潰して物乞いに仕立てるシーンが話題になった「スラムドッグ・ミリオネア」が 放映されたのは、その1年後だったと思う。

こういった例は極端だとしても、どこからか借りてきたらしい赤ん坊を抱きながら「この子に食べ物を」と訴えたり、バスに乗っていたら、女の子が乗り込んで きて、自分の窮状を訴えた紙を乗客一人一人に手渡して読んでもらい、後から紙と一緒にお金を集めて回るようなのにはインドではよく遭遇した。

一説によると、こういった物乞いに1年間に流れるお金の総額は、ムンバイだけで60億円、デリーだけで50億円という話を聞いたことがある。するとインド 全土ではどのくらいになるのだろう?これはもはや一つの産業と呼べなくもない。バングラデシュのような近隣国から、ムンバイのように稼げる都市を目指して 物乞いの出稼ぎにくるものさえいるという。そのバングラデシュでは昨年、他人の四肢を切断し、路上に物乞いとして放り出す者に対し、禁固や罰金を科す大統 領令まで出されている。物乞いが増えれば、自然と競争が起こり、稼げる場所をめぐって争いが起きたり、赤ん坊を借りてきたり(時には産科病棟から盗んでき たり)、自分の体を傷つけたり、といった憐れみを演出するためのさまざまな小道具や仕掛けに知恵を凝らすことになる。物乞いからショバ代を徴収するマフィ ア、赤ん坊を貸してお金を稼ぐマフィア、四肢を切り取る医者やそれを仲介するブローカーなど、周辺産業も育つ。

そうやって物乞いが洗練された手法で憐れみを売るようになってくると、いかに路上で人の心を動かしてお金を得るか、大道芸人や舞台小屋の俳優、ストリート ミュージシャンなどと同列なのだろうか、、、と思い至り、自分でも分からなくなってきた。もちろん、物乞いという行為を肯定するつもりはない。しかしいま だにそれらの間に線を引けていない。

さらにもっと広げて考えると、ヒンドゥの寺院の入り口周辺や、昔何度か訪れたベナレスのダサーシュワメード・ガートに続く道などには喜捨を求める者たちが 列をなして座っていたりする。喜捨用の両替屋もいる。あれらは明らかに巡礼に訪れ、沐浴をして罪を流し去り、功徳を積みたいという、どちらかというと喜捨 を与える側のニーズに応える形で存在しているように思える。

そのようなヒンドゥ教徒にとって特別な機会・場所だからこそ成り立つ行為と、街角の物乞いとを一緒にすべきではないのかもしれない。それでも物乞いという 行為がインド全土にわたって一つの大きな位置を占めていることを考えるとき、それだけお金を与える側の事情---他人の憐れみを求め、感じ、それにお金を払って満足している側の事情が、実はこのインドの物乞い産業を支えている面もあるのではないだろうか、と思ってしまうのだ。

そうすると、物乞いという行為をインドから無くすのは意外と大変で、単に彼らにたくさんお金を与えるとか、そういった一面的なものでは無理なのかもしれない。