●Tシャツ世代とモラトリアム

今回久しぶりにインドを訪れて印象に残ったことの一つは、都市部や地方で若い男の子がTシャツを来ている姿をよく見かけたことだった。10代半ばごろから20代くらいの男の子が多く、都市部ではたまに若い女の子もTシャツ姿で歩いているのを見かけた。グルガオンでTシャツから首筋や腕などに入ったタトゥーがのぞいている男の子を見た時は、東南アジアの繁華街にいるような錯覚に陥った。

コルカタの街を歩くTシャツ姿のカップル
コルカタの街を歩くTシャツ姿のカップル

 

昔インドを訪れたときは、地方ではクルター・パジャマ、ドーティーのような伝統的衣装を残しつつも、都会や若い人の間では襟付きの長袖シャツにスラックスがほとんどだった。もちろんそれは今回訪れても同様だったが、当時Tシャツのような服は子供用とされていた。また、ハーフパンツのような足や脛の見えるものも、子供用か、もしくは卑しい装いと捉えられているようだった。外国人観光客のハーフパンツ姿を、インド人は「外国人だから」と理解を示しながらも、失笑気味だった。

インド人の男性にとっては、できるだけパリッとアイロンのかかった襟付きシャツを着て、そのシャツの裾をスラックスに入れてビジネスベルトを締め、磨いた皮靴を履き、髪をきちんと分けて整髪料で固めるのが理想の大人の格好のようだった。貧しくてモノがあまり買えなくても、ここぞという時には、みんなできるだけそれに近い格好をしようと友達からベルトを借りたり靴を借りたりしていた。学校もろくに行かせてもらえない小さな男の子でも、ドロップアウトして露天商の父親の手伝いでもさせられようものなら、そういった大人の衣装に身を固め、すっかり大人の顔に変って商売に従事していた。

当時、インドには子供と大人しかいなかった。男の子は扶養されている間は子供で、幼くても社会に出されれば、パッと大人に変わる。未開の社会で、男の子が成人になるための厳しい通過儀礼を経て、次の日から大人の戦士に変わるのと同じように。インド人男性にとって襟付きのシャツやスラックスはそのための必須アイテムのようだった。

ところがこの14年の間に、大学生くらいの年代の間で、Tシャツとそれに合わせたジーンズの着用が少しずつではあるが広まってきたようだ。それは一見小さな変化に見えるが、本当はインドの社会にとってかなり大きな意味があるように思う。フォーマルな襟付きシャツ&スラックスに対し、襟のないTシャツとジーンズというファッションは、モラトリアム(大人になることへの留保)の象徴ではないかと思うのだ。

昔、インドに子供と大人しかいなかった時代には、大人のイメージが一つしかなく、パリッとしたフォーマルないでたちの、絶対的に正しい、男子の誰もが目指すべき姿が社会に共有されていた。男の子はそれぞれ、ある時に一瞬で大人の男になるのであり、そこに何らの躊躇も疑いもなかった。しかし今それは少しずつ変化しているように思える。その「大人の像」に疑問を抱き、「ちょっと待てよ」と立ち止まって考える世代が子供と大人の間に生まれているのではないかと思うのだ。伝統的な大人像以外にもっと別の大人の有り様があるのではないか。襟付きシャツではなくTシャツを着る若者は、自分に対しそういった問いかけを始めているように思えた。そしてそれはある意味、これまでの伝統的な社会への静かな挑戦ではないだろうかと。

ただし自分が見た限りでは、さすがに脛を出して歩くような格好をしているインド人男性はまだ見なかった。コルカタの郊外を歩いていた時、7分丈のパンツを履いていた自分を指差して、「ズボンが小さいぞ」とインド人に笑われたことはあったけれども。ムンバイやバンガロールなどに行くとまたちょっと違うかもしれない。

それでは女子のジーンズはどういう心情だろうかと考えると、ちょっとよく分からない。グルガオンのショッピングモールの洋服売り場には、これでもかというほど女性用のジーンズが平積みされていた。後ろのポケットに刺繍が入ったものなど、少し個性を出したものもあったが、みなブルーデニム一色で、ブラックなどのようなカラーバリエーションにさえ乏しかった。頭の固い農村のカップ・パンチャヤットの中には女子がジーンズを履くのを禁止する通達を出すようなところさえあるらしい。しかし都会だけでなく田舎でも女子のジーンズ姿をよく見かけたので、完全に市民権を得たようだ。厚いデニム地に覆われた冒険性の薄い普通の色合いのジーンズしか履かないのを見ていると、洋服への憧れはあるものの、すれっからしだとかはねっかえりだとか、そういった目で見られるのは勘弁してほしいというような、微妙なバランス感覚が働いているように見えた。