アッサム暴動とインドの情報リテラシー


 

アッサム暴動の後に続くインド各地での混乱が止まらない。暴動に関わりのない、ボド族以外の北東部出身者に対する迫害、ムスリムへの嫌がらせといった直接的な行為のみならず、「ラマダンの終わる18日を境に、ムスリムによる一斉報復が始まる」といった類の噂や、扇動的な内容を含んだ携帯電話のSMS(ショートメール)やEメールを利用したスパム・メールが大量に出回っており、インド各都市に避難してきたアッサム州住民のみならず、以前から仕事や勉強などで住み着いている北東部出身者まで疑心暗鬼に駆り立てているという。マイソールではチベット系住民が何者かに殺害されたが、アッサム騒動のデマの被害者ではないかとの疑いが持たれている。

自分の身の危険を感じて、又は故郷に残してきた親や親せきの身を案じて、都市での学業や仕事を投げ出して故郷に戻るべく駅に続々と詰めかける姿が報道されている。各州政府をはじめシン首相も冷静に落ち着いて行動するように呼びかけている。警察も彼らの居住区へのパトロールを強化しているというが、焼け石に水といった状況のようだ。これまでインド社会の中で不当な扱いを受けてきた北東部のインド人にとって、政府や警察、軍は十分に信用するには足らないのだ。

業を煮やしたインド政府は、先日よりまとまった文章を含む携帯電話のSMS(ショートメッセージ)やMMS(動画などを含んだメッセージ)を1日5通までしか送れない規制を通信会社に命じ、早速実行に移されたらしい。同時にデマを流す不届き者の摘発も実施されている。インド政府はこれまでもアヨーディヤー事件に関わる混乱などの際にはこうした通信規制を実施してきた。今回も同様の措置をとると同時に、かねてよりテロ対策の一環として、国内に流通するメール内容の監視体制を築いていると噂されてきたが、今回、実質的にそれを自ら公表したようなものだ。

→ショートメッセージは1日5通以内、規制開始
→ヘイトメッセージ200通を送った疑いで20歳の男を逮捕
→扇動的なメール送信の容疑で4人を逮捕
→ボド族に「最後通牒」を突き付けたイスラム連盟のリーダー、内部からも批判

そんな中、インド政府は先日、パキスタンからまとまった量の扇動的なメールがインド国内に向けて送信されたり、パキスタン国内からインド北東部の住民に対する憎悪を掻き立てるメッセージがインターネット上に掲載されているとして、同国を非難し、この騒動は新しい展開を迎えることになった。パキスタン政府筋はインド政府に対し、証拠の開示を求めている。

→大量の避難民、パキスタン国内のグループによるものと非難

悪質なのは、今回のアッサム州及び同時期に起きたロヒンギャ(ミャンマー)での衝突事件とは全く関係のない画像を差し込んだり、元の画像を加工したり、動画にさえ加工が施されるとともに、よりムスリムの人々に憎悪心を掻き立てるように一方的なメッセージを付け加えて、ネット上にアップロードされているのだそうだ。過去にチベットで起きた地震の際の写真や、バングラデシュでのサイクロンで死亡したムスリムの写真なども、アッサム暴動の様子として紹介されているという。


インド政府は、ただ感情的になって騒ぎ立てている個人だけではなく、インド情勢の流動化を狙って組織的に情報を流しているグループがあるとみて、NTRO( National Technical Research Organization)などを中心にリサーチしているという。「あらゆる状況証拠を吟味した結果、加工された画像や捏造された情報はすべてパキスタンからアップロードされていることを突き止めた」と関係者は話す。ちなみにこのNTROという組織は自身のサイトなどを運営しておらず、情報公開に縛られずに国内外の治安に関する情報を収集し、軍をはじめ政府各部署にそれらを提供するインドの情報機関のようだ。

→デマを広げているパキスタンの8サイトを特定

さらにNTROの関係者は続ける。「ネットを利用した情報工作はコストのかからないテロと言える。テロリストを養成して高性能の爆薬を持ち込まなくても、単に憎悪を掻き立てるメッセージをネットに向かって発するだけで、民衆の感情が爆発し、暴動に発展してその国の情勢を不安定にすることができる。」事実、ムンバイではデモが暴徒化して多数の負傷者を出す結果になった。

これらに対して、メッセージを受け取る側の状況はどうだろうか。インドは携帯電話の契約者数がここ数年で急速に増加してきた、世界有数の国の一つだ。インド電気通信監理局が出した最近の報告書によると、2012年6月末の時点での携帯電話契約件数は9億3409万件となっている。ただし個人で複数の通信会社のSIMカードを持ち、契約している人は多いので、より契約者数の実数に近い値を示すと言われるVLR(visitor location register)ベースの契約者数は6億9582万件となっている。これは全人口の57.5%に相当する。子供を除外すると、かなりの割合の大人が保有しているといえるだろう。ただし都市部と地方の普及の格差は激しい。全人口の3割の相当する都市居住者は、1人平均1,6件の携帯通信会社と契約しているにもかかわらず、地方の居住者は1人平均0.4件にとどまっている。

 

→インド電気通信管理局 通信契約者の動向 2012.6.30現在

 

また、2011年の国勢調査によると、有線電話の世帯普及率は10%、テレビの世帯普及率は47.2%、インターネット回線を有するコンピューターの世帯普及率は3.1%となっている。やはり今のインド社会では、携帯電話というツールが、いかに人々に強い影響力を及ぼすものであるかが想像できる。今年2月に訪れた際には、中国製の安い(3000Rs以下)スマートフォンが町中で売られているのをよく見かけた。電話やSMSだけでなく、日本と同様に音楽や動画、カメラ撮影を楽しむ道具という位置づけがインドでも浸透しつつあるのだ。

→国勢調査2011,家財の保有状況など(PDFファイル、少し大きめ)

国民の識字率は74%となっているが、教育程度については、本当にさまざまだ。全く字が読めない非識字者は年配の人、高齢者、女性が多い。学校に通った経験がなくても独学でなんとか字が読める人、小学校中退、小学校卒業程度でなんとか字が読めるものの、たどたどしくてストレスを感じる人は、町の看板の字くらいは読めても新聞などを読みこむ習慣はないだろう。こうした人たちは取得する情報の種類と幅が限定され、多くの文字を含んだコンテンツよりも画像や動画のように一目見て分かるもの、プロパガンダ、スローガン的な短い言葉で表現されているものに影響されやすい。

一方大学生以上になると、新聞、テレビ、雑誌、インターネットなどに普段から接し、参加する社会の範囲も広くなり、多彩な階層の人々と交流する機会も増えるので、多様な情報に触れて自分で慎重に処理し、理性的に判断する情報リテラシーに長けた人が多いだろう。

つまり、この情報リテラシーの能力格差についても、均一的な教育を受けた日本人にとってなかなか想像できないものがあるに違いない。

またインドは多言語社会なので、中央政府の首脳やマンモハン・シン首相が語り掛けるヒンディー語、もしくは英語が必ずしも直接全てのインド人に届くわけではない。テレビなどではそれぞれの地方局で、地方の公用語に翻訳されてようやく届くのだ。テレビを日常的に視聴できる環境にある人は全世帯の半数以下、そして中にはその地方の公用語すら理解できない人々が存在する。

貧富の格差にともなってテレビやパソコン、携帯電話といった情報ツールの保有状況に格差があり、識字能力や、教育を授けられた程度にも格差があり、さらに多言語社会特有のコミュニケーションの間接性、遮断性といった状況が、12億のインド人の間に情報リテラシーについての大きな格差を生みだしている。

そうした中で宗教、カースト、民族、地域といった感情的に爆発しやすい着火剤に故意に火を付けて回っている人々がいる。それに煽られて浮足立ち、パニックに陥って冷静な判断をできずに行動してしまう人々がいる。それを媒介しているのは、未だ貧困がはびこるインドという国において、携帯電話やスマホといった極めて近代的なツールなのだ。

こうした社会の混乱に対し、インド政府はネットコンテンツや国内に流通するメールの検閲という、ある意味先端的な技術を駆使し、民主社会においてはやや強権的ともいえる手法で対抗している。さすがにSMSの制限などについては苦言が多いようだが、混乱を和らげるためには仕方ないか、といった意見がネット上には多いようだ。

 

 

アッサム暴動のニュース報道ををムスリム視点から編集したYoutubeの投稿。Facebook,Twitter,Youtubeなどソーシャルサイトや動画投稿サイトなどでは、いろんな立場からつばぜり合いが行われているようだ。