2011年

7月

09日

12億人のカースト調査は成功するか

6月29日、ついにインド独立後初めてのカースト調査が始まった。サンプル抽出による調査ではない。2月の国勢調査に続く全数調査なのだ。12億1千万人に及ぶインドの人口1人1人に所属するカーストを聞いて回るプロジェクトだ。今年2月に行われた国勢調査ではわずか3週間弱で12.1億人の国民の男女別人口、年齢、識字を調べ上げて、3月末には結果を公表し、正直インドにしてはすごいと度肝を抜かれたが、今回のカースト調査は12月まで半年かけて行うという。これが本来のインド!?なのかもしれないが、その間に新たな命もたくさん誕生するし逝去する人もたくさんいるだろうし、なんとも悠長な調査だ。集計結果が出るまでに1年半を要すると記事では紹介されている。政策の重要度が国勢調査とは異なるから予算配分も小さいのかもしれない。

→独立後初めてのカースト調査始まる

インドでカーストの全数調査が行われたのはイギリス統治時代の1931年の一度だけだという。インド独立後10年に一度の国勢調査では、いわゆる指定カースト・指定部族(SC/ST)の人口調査は行われてきたが、全国民のカースト(もちろん、カーストがないとする国民も少ないながらいる)を調べ上げるのは80年ぶり、インド独立後初の試みだ。

このカースト調査実施の是非についてはこれまで賛否が対立し、時の政権与党(多くは国民会議派)も消極的だったこともあり実施に至らなかったと言われている。今回は確かに実施を要求する野党の突き上げが激しかったようだが、それでもこれまでの歴史的経緯を考えると、政府は不思議なくらいすんなりと野党の要求を受け入れた印象が強い。

カースト調査実施の主な批判の一つは、調査によって国民のカーストに対する感覚や意識が高まり、各カースト間の亀裂を深め、差別を助長するというものだ。政府の調査員が農村に入って、個人の「所属する」カーストを聞きとって調査票に記入し、政府の記録として残すということは、「自分のカーストを政府に登録した」という思い込みを強め、カーストの顕在化、固定化につながるという主張には一定の説得力があるように思える。

もう一つは調査の難しさと結果の信頼性の問題だ。カーストにはさらに下位にサブカーストのようなものがあり、1980年代の人類学調査によると全部で30000以上もあるという。ある地域でのカーストの序列が他の地域では全く異なっていたりと複雑極まりない。カーストはそれぞれの小さなエリア、地域での共同幻想みたいなもので、その序列は不文律みたいなものだそうだ。カーストの名前を列挙したようなリストがどこかにあるわけでもないし、序列についてもみんな口々に●●が××より上だとか下だとか適当に言っているのを、比較的多数が同じことを言っているのを見定めて判断するしかない。つまり、自己申告を鵜呑みにするのに近いものがある。集計に1年半を要するというのは、専門家らによるスクリーニング、カーストの整理に要する時間なのかも知れない。1931年のカースト調査では見栄を張ってより上位のカーストであるかのように申告した人が多かったという。逆に今度行われるカースト調査では、政府役人への登用や役所の仕事、国公立の学校への入学への優先割り当て(リサベーション)を得るためにOBC(Other Backward Classes=後進階級)に認定されている下層カーストに偽って申告する人が続出するのではないかと言われている。そうなるとやはり結果の信頼性は揺らぐことになる。

このカースト調査の結果により直接影響を与えるのは、先述したリサベーション政策だ。主に不可触民が中心とされている指定カースト・指定部族とは別に、社会経済的に遅れているとされるOBCがインドの中に一体どれだけいるのか、今まで色々と議論されてきた。OBCへのリザベーションの割り当て(クウォータ)は一体何%であるべきなのかを政策決定する際に、勘案すべきデータが満足になかったからだ。皮肉にも、猫も杓子も低いカーストを自己申告して、OBCに指定されているカーストの占める割合が全体に対して大きければ、今は27%ほどと決められているクウォータが更に引き上げられる可能性も出てくる。カーストの実数の把握は与野党問わず選挙対策に利用され、クウォータ拡大を訴えて後進階層への支持を広げようと目論んでいるというのも疑いのない事実だ。

実際問題としてこのクウォータをめぐる不正も多く、最近ではデリー大学の入学者の中から、34人がこのOBCへのクウォータを悪用し、30~50万ルピーを支払って自らのカーストを偽った証明書を偽造して入学したことが発覚し、ちょっとしたスキャンダルになっていた。中には女子学生もいたという。ブラーミンなど明らかにOBCには含まれない階層の入学希望者が、希望する専攻学部に入学したいがために、一般入試よりも比較的競争率が低く、試験結果が少し悪くても入学が認められるOBCへの割当枠で大学に入っていたという。その裏には偽造証明書を作成する学習塾や受験ブローカーが絡んでいて、さらにその裏にはマフィアの存在すら指摘されている。本来後進階級と恵まれた階層との格差是正のために設けられている制度であるにも関わらず、これでは本末転倒だ。

→デリー大学、カースト証明書の偽造発覚

このように調査自体の信頼性、そしてリザベーションシステムの運用面での問題が、社会各層の格差是正という本来の目的を揺るがす状態になっているのも事実だ。また、調査そのものによるカーストのインド社会における顕在化の懸念も指摘される中で、それでもこの調査を本来の目的のためにどうやって政策面に活かしていけるのか。トータルに勘案してメリットがデメリットをカバーしてお釣りが返ってくるような難しい政策のかじ取りが政府に求められている。

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コメント: 2
  • #1

    ちま (水曜日, 05 2月 2014 23:33)

    はじめまして。ずいぶん前の記事にコメントしてしまい申し訳ありません。

    勉強になりました。またお邪魔させていただきます。

  • #2

    管理人 (木曜日, 06 2月 2014 03:05)

    こんにちは!コメントありがとうございます。ずいぶん前のエントリーですが、実はこのカースト調査、まだ集計が終わっていません。記事中では1年半、2年問といったタイムスケジュールだったのですが、人口の多い州では調査自体がまだ終わっていなかったりするようです。