2011年

8月

21日

豚肉を食べるインド人

とても興味深いというか、珍しいニュースを見たので紹介したい。インドのバラナシ郊外の村で、豚肉を食べた村人たちが揃って体調を崩したというものだ。患者の数は42人、56人と情報が錯綜しているが、医療チームが村に駆けつけて患者を病院に収容し、比較的軽い症状の人はその後退院したものの、依然として重症の18人は予断を許さない状況が続いているという。

 

→豚肉を食べて56人の村人が病院へ搬送

→食中毒患者、依然として目が離せず

インドでは人口の2割弱を占めるムスリムはもちろん、大半のヒンドゥー教徒にも豚肉食はタブー視されている。しかしアーリアの血の薄い土着民、部族の中には、豚を飼育して肉を食べたり、野山の小動物を捕えて食べる習慣をもつ人々がいる。そういった人々は、その生活習慣ゆえに穢れた存在とみなされ、差別されてきた。

この事件が起きたのはバラナシ郊外、Chandauli地区のMushahar、又はMusaharというコミュニティだという。少し調べたところ、このコミュニティ(カースト集団)はビハール州やウッタル・プラデシュ州で指定カーストに登録されている。いわゆるアウトカースト、不可触民だ。Wikipediaでは彼らは当初、野山を歩いてネズミを捕まえる生活を送っていて、Musaharという名前もローカルで使われているボジプリ語でネズミを指す言葉から来ているという。今ではネズミを捕える狩猟生活は行っておらず、採石場での労働者、パンジャブ州やハリヤナ州に移住して小作農として生計を立てているらしい。いずれにしろ、インドでは最下層に属する生活レベルと思われる。

→州別指定カーストのリスト(インド社会正義と人材開発省)

ネズミを追いかける生活はやめたものの、豚を日常的に飼育し、この事件のようにコミュニティの宗教儀礼の後に皆でそろっての共食(ヒンドゥのカースト社会では、コミュニティの連帯を確認するためのとても重要な催し)で、豚を屠って振舞う慣習があったのだろう。それが今回はあだとなったようだ。まだ原因はわかっていないものの、この時期気温が高く、雨季で湿気も高いので食中毒の可能性もあるだろうし、調理の過程で十分に火が通っていなかったのかもしれないし、ごみを漁っているような劣悪な飼育環境で豚の体内に虫がいたのかもしれない。

そもそも、インドで豚肉はどの程度食べられているのだろう。少し調べてみたが、輸出までしている牛肉と異なり、流通はとても限られているようだ。この食中毒事件のように、各家庭、コミュニティの中で飼育され、消費されているケースが主流を占めているとすると、はっきりした統計なんて取れないに違いない。たとえ調査したくとも高位カーストの役人は、不可触民の村に入って行くのを嫌がる。穢れるからだ。不可触民たちもそういった自分たちを見下す人間に対しては決して協力的ではない。

今年の春、コルカタで牛の屠殺場を訪れたときに、偶然豚の屠殺場を見つけて中を覗き込んだことがある。怒られてすぐに退散したのだが、西ベンガル州政府によって建てられた施設であることがゲートに記されていた。わずかながらも豚肉は処理されて商用に流通しているらしい。コルカタにはハムやソーセージを冷蔵ケースに並べて売っているお店もある(旅の日記を参照)。

アメリカ農務省がインドの豚肉市場についてまとめたレポートによると、一部の外国人向けのホテルやレストランが年間150トン程度のハムやソーセージなどの加工品を輸入しているらしい。ただ、インドでもモンゴロイドの多い東北諸州では、アーリア人とは異なる食習慣があり、豚肉の生産が盛んなようだ。平野部ではビハール州が圧倒的に多い。今回の食中毒?事件の起きたChandauli地区もUP州東部、ビハール州のそばだ。これらの地域に、部族と呼ばれる人々やダリット(不可触民)が多いこととも関係がある。

→PORK-ANNUAL 2011(アメリカ農務省)

レポートでは、インドの家畜豚の数は少ないながらもここ50年で少しずつ増えてきたものの、昨今は病気によって頭数を減らして現在全インドに1200万頭程度だと推測している。インドには約3600の屠殺場があるものの、ほとんどは国際的な衛生基準を満たしておらず、輸出に回される施設はごく限られているという。

消費については前述した東北部を中心に生肉がローカル消費されているほか、外国人や外国の食文化に親しんだ富裕層のインド人向けの高級ホテルや高級レストランでニュージーランドやスペイン、イタリアから取り寄せられた高級ハムやベーコン、ソーセージ、冷凍豚肉などが消費されているという。市場は限定的なので、顧客の注文に応じて輸入業者を介し、高い関税や取引コストを富裕層の客に負担してもらいながら提供されているようだ。インドは基本的に冷蔵・冷凍設備が少なく、保冷車なども普及していないので、豚肉を含む肉類を長期保管したり、長距離輸送により広く流通させることは不可能だという。

ニュースのコメント欄で大騒ぎしているインド人読者の反応も面白い。インドは分断社会だ。それぞれのコミュニティで独自の宗教儀礼と生活様式を守りながら生活する一方で、他のコミュニティについては無関心だったり無知であることは珍しくない。インド人こそ、自国のことをよく知らないということが往々にしてある。多くが「豚肉を食べる人がいるなんて!」という反応だ。



→旅日記(2012) 2012/2/4 豚肉を売る店 も参照