2012年

8月

11日

結婚か勉強か---16歳少女のジレンマ

16歳の女子学生が、父親やカーストコミュニティの強い勧めで親類の男性と結婚させられそうになり、警察に相談したことから、女子学生の父親を含め、周囲の数人が逮捕された。女子学生は「もっと勉強がしたかった、まだ結婚したくなかった」と話している。

→未成年の娘を結婚させようとした父親ら、逮捕される

インドでは婚姻に関わる法律が宗教ごとに異なり、統一的な法律がない。ヒンドゥ教徒やジャイナ教徒、仏教徒、シーク教徒などはHindu Marriage act 1955、キリスト教徒はthe Indian Christian Marriage Act 1876、イスラム教徒はシャリーア(イスラム慣習法)に従い、そのほかに異教徒間や異カースト婚などの場合に裁判所で婚姻を登記するthe Special Marriage Act 1954などもある。

児童婚を禁じる法律もいくつかある。古いものは1929年のもので、最も近くに施行されたのはthe Prohibition of Child Marriage act 2006だ。この法律では児童婚(21歳未満の男子、18歳未満の女子の婚姻)をそそのかす大人たちへの禁固や罰金を定めているほか、当事者の訴えに応じて結婚そのものの無効化や、結婚の際の財物贈与の返還などを規定している。

the Prohibition of Child Marriage act 2006

 

しかし実際には、インドでの結婚は極めて宗教的な行為の一環であり、法律よりも宗教的伝統が優先されがちだ。預言者ムハンマドが9歳の女児と結婚して性行為を行ったとされるイスラム教では、さすがに今日においてはそこまで極端ではないものの、シャリーア(慣習法)では初潮を迎えた女子は婚姻可能とされている。

ヒンドゥ教徒の婚姻を規定したHindu Marriage act 1955では、ヒンドゥ教徒の結婚は21歳以上の男子及び18歳以上の女子の間で可能とされているものの、慣習的に児童婚や場合によっては幼児婚が行われているカースト・コミュニティが存在する。そもそもヒンドゥ教徒の世界観、行動様式に大きな影響を与えているマヌ法典に「30歳の男子は好ましき12歳の少女と結婚すべし。24歳の男子は8歳の少女と結婚すべし」という記述がある。こうした宗教的要因のみならず、ダウリの軽減や異カーストなど好ましくない異性との恋愛を予防するためなど、さまざまな現実的・実利的理由で特に女子に対して児童婚が促される。

直近のデータに乏しいので2001年の国勢調査に頼ると、例えばインドの全年代の既婚女性2億3677万人余りのうち、自分が結婚したのは17歳以下だったと申し出た人は1億287万人余り、実に43%に上る(※ちなみに男子は2489万人余で女子の1/4程度)。しかしこうした傾向もここ数十年の間に急激に変化した結果、児童婚が当たり前だった祖母の時代と異なり、今の女子児童の婚姻率はかなり低い。2001年時点での18歳未満女子の結婚経験者(寡婦や離婚経験者を含む)は505万人余りとなっている。しかし18~19歳を含めた19歳以下の女子の結婚経験者は一気に1301万人余りにまで跳ね上がるので、この数字をそのまま受け止めるのか、法を意識した年齢の虚偽申告が一定程度存在するのかは、判断が難しい(インドでは出生登録をしていない人が多いので、年齢は自己申告が多い)。

 

→性別・世代別の既婚者数/寡婦・寡夫数/離婚者数(2001 Census)



→2歳で婚約させられた女性、二十歳になって警察に婚約の無効と身の回りの安全を訴える

こうした全数調査ではなく、個別の調査だと以下の記事に紹介されているように、ジャルカンド州では地方56%、都市部29%の18歳未満女子児童が嫁に出されているという報告もあるように、総じて児童婚がもっと頻繁に行われていると指摘されることが多い。一般的には都市部よりも地方、富裕層よりも貧困層で多く見られるようだ。伝統的な慣習をどれだけ尊重しているか、ダウリの負担に親がどれだけ耐えうるか、娘の就学や進学にどれだけ親が関心や理解を持っているか、などといった要素も大きく関わってくる。

 

→児童婚の実態が調査で明らかに---ジャルカンド州

 

そうした中で、娘の進学意欲と親の意識との間に大きなギャップが生じるのはもう、やむを得ない現象なのだ。祖父母世代、両親世代、そして子供の世代ではそれぞれライフスタイルが段階的に変化して来ているのだから。それでも多くの女子は両親やコミュニティとの軋轢を避け、進学を途中で諦めて、結婚の勧めに従う。インドの教育制度は5年+3年+2年+2年で(州によって少し異なる)、小学校でも進級試験の成績如何では上の学年に進級できないことがある。勉強についていけず途中でドロップアウトする機会はいくらでもあり、実際にそういう子供たちも多い。

しかし中には勉学を継続することに強く執着し、最初に紹介した16歳の少女のように、親の意向に逆らってまでより上位への進学を熱望する少女たちがいる。警察に相談したら父親をはじめ関係者が逮捕されてしまい、起訴までされる事態になるなんて少女は想像だにしていなかったに違いない。青少年法での起訴なので罰則は軽いものになるに違いないが、母親のいない少女にとって父親が拘留されたり、しばらくの間仕事ができなくなったりすることが、少女の今後の学生生活に良い影響を及ぼすとは到底考えにくい。しかしこれが今のインドの女子児童と進学環境を巡る一つの有り様であることもまた間違いないのだ。特にインドの農村部の女子児童や女子学生たちは誰しも多かれ少なかれ、5年制の小学校を卒業した頃から、家庭やコミュニティの結婚へのプレッシャーと自らの進学への熱望との間にジレンマを抱えながら何年かを過ごして行くことになるのだ。

以前、これと同様のケースをエントリーしたことがある。→姉の夫と結婚させられそうになった妹 では、男の子をなかなか授かれない夫婦が妻の妹との結婚の段取りを強引に進めて、進学を熱望する妹が警察に相談したことを紹介した。

女子の進学率は男子に比べて劣るのも事実だが、その分成績が優秀で将来性のある児童だけが進学を認められることが多い。試験の成績が男子を上回ることも少なくない。試験の結果が悪かったり、家庭の経済状況などで希望する進学が叶わなければ衝動的に自殺に走る。そんな男子顔負けの激しい気性を持ち合わせている子も多いのだ。

→「なぜ男の子はよくて女の子は進学を認めてくれないの?」遺書を残して女子学生が自殺