2013バンガロールへの旅(8/28~9/4)


●MITUのミーティングに参加する

 

MITUでは、毎週月曜日にミーティングを行っているということで参加させてもらった。Kalaの旦那さんや義理の息子さんも手伝ってはいるのだが、経理など裏方に徹しているようで、ほとんどはKalaの知人やその紹介で知り合った女性ばかりだ。

 

それぞれ自己紹介してもらったが、主婦になってから大学に入り、MBAをいくつも取得した人や、ブティックの経営者など、結構な社会参加を果たしている人が多くて驚く。教育を受けた女性は自信に充ち溢れ、落ち着いた態度で自分の経歴を披露してくれる。

 

議題はというと、オーストラリアのNRIの慈善団体から寄付の申し出が来ており、行政への届け出の進捗状況についてと、もう一つ上がったのが支援している学校のトイレのメンテナンスについてだった。

 

 

  ●誰がトイレを掃除するか

 

インドではトイレの掃除というのは、カーストの問題もあってとてもナイーブな問題だ。

 

→ 国勢調査に見るインドのトイレ事情その2 トイレカーストを取り巻く環境 を参照

 

日本の学校のように、児童や学生が学校の教室や廊下、トイレを自分たちの手で掃除するのは必ずしも世界では一般的ではない。インドでもそういうことはほとんどないらしい。

 

かといって、誰がトイレを掃除するかについては特に決まっておらず、むしろ誰もが嫌がり、おろそかにされがちなので、校長をはじめ学校を運営する側も放ったまま、掃除が為されないままということが多いようだ。

 

MITUでは時々パートタイムで人を雇って掃除部隊を派遣するらしいが、結構な費用(人件費)がかかることがネックになっているという。

 

実は日本でKalaとメールをやり取りしている間に、Kalaから面白いアイディアを聞いた。学校のトイレの掃除に高圧洗浄機を使えないか、というのだ。車や自宅周りの泥汚れなどをを水の圧力で洗い落すアレだ。自分は少し使ったことがあるが、うーん、意外とそんなに役に立たないんじゃないかな、と思った。しかし一方で面白そうだな、とも思った。

 

先述したように、トイレ掃除はインドの伝統的な考え方ではアウトカーストに割り当てられた仕事だった。現在では政府がトイレ掃除を生業とする人々を積極的に別の仕事へ転換させようとする取り組みが為されている。それもあってトイレの掃除を頼める人がますます少なくなってきており、費用も割高になりがちなのだという。

 

しかしそうした、人から蔑まれるような仕事に高圧洗浄機のような機械を導入したり、ツナギのようなちょっと格好いいユニフォームをお揃いで着てみたり、音楽でも流しながら作業したら、この種の仕事に対するインド人のイメージが変わるんじゃないか。それをもし日本人がやったらどうだろう?きっと子供も大人も目をまんまるにして驚くに違いない。想像するとなんとなくワクワクしてくる。

 

学生時代、学校の掃除なんてダルい以外の何物でもなかったのだが、インドのような国に来ると、それは躾や公衆道徳という意味で大きな効果があったんだな、と痛感する。日本人は散歩中のペットのフンまで持ち帰る。それが決して少数ではないのだ。インド人が知ったら唖然とする違いない。

 

しかしインドでは、生徒に掃除をさせるような方向には進まないだろう。予算措置をしっかり講じ、大人の清掃員を雇って各学校に配置するのが、インドの社会背景からすると自然の流れだ。公共のトイレをカーストに関係なく自らの手で掃除するのは、ガンジーも積極的に勧めていたのでガンジー主義に通じるのだが、インドではいささか教訓めいたものとして受け止められそうだ。インド在住ならともかく、自分のような日本人が一時的に滞在して行う類のものではないのかもしれない。

 

他のメンバーの女性たちは上流出の人が多いようで、間違っても、じゃあ、自分がボランティアでやりましょう、とは口に出さない。そんなことをすれば、家族や親せき一同から叱責され、つまはじきにされてもおかしくないのだろう。ただ1人、Kalaだけがまんざらでもない様子だったが、他のメンバーの消極的な態度を察してか、それ以上踏み込んだ意見を控えた様子だった。

 

自分はと言えば、よくよく考えた挙句、清掃スタッフの人件費として寄附を送るのは、個人的には理解できるが、一般の日本人にとっては理解しがたい部分があるかもしれない、と発言した。日本人は皆子供の時に当然のように学校のトイレ掃除をしてきたからだ、と。

 

結局この問題は、財政的な問題に絡むことから保留というカタチになった