●ボーパールとインドの原発


 

→2012/3/1  ●ビームベトゥカとユニオン・カーバイド社に行く を参照

 

現在、日本政府とインド政府は、原子力協定の締結という課題を抱えている。2011年末の両国による首脳会談では、インドの民生用原子力発電所の建設において日本側が技術協力をさらに進めていくことで一致した。このニュースを聞いた時、自分はこのボーパールでの有毒ガスの漏出事故のことがパッと頭に浮かんだものだ。もちろん原発と化学工場は全く違うものであることくらいは自分でもわかる。

しかしどんなに高い技術を外国から転用しても、それを運用するのは人間だ。イソシアン酸メチルという、殺虫剤成分の中間体を製造するためのプラントで起きたユニオン・カーバイド社の事故も、事故を防ぐための安全設備をコスト節減の目的で省いたり、マニュアルに定められた作業手順が省かれたりと、幾重もの手抜きが重なって起きた可能性が指摘されている。そして最悪なことは、最終的に2万人程度の死者、15~30万人程度の被害者を出したと言われているのに、事故の経緯についての究明がしっかり為されず、極めて不透明なままで、責任の追及もうやむやにされてしまっていることだ。補償面での和解はなされたものの、親会社であるユニオン・カーバイド社のアメリカ人社長はアメリカに逃げ帰ったままインドでの裁判にも欠席し、トンズラを決め込んでいる。インド政府もアメリカへの政治的配慮から逃げ腰の姿勢に終始したまま、28年の月日がたったのだ。自国民が2万人も死んだのに、である。そして恐ろしいことに有毒の物質は施設の中にとどまったままで除去されていない状態が続いているという。長い月日がたって毒性は低下しているそうだが、調査によると長く居住する周辺住民には健康被害が出ているのだという。工場の門の前で入るのには許可証が必要だと言われたのもそのためだ。

原発の話に戻ると、インドの電力事情を極めて貧困だ。脆弱な電力が国の経済発展の足かせになっていることは間違いないし、多くの国民が電気のある文化的な生活を享受できていない。都市部でさえ時々停電し、電圧が不安定だ。村では裸電球が唯一の電気製品という家が少なくない。大幅な電力供給を目指し、CO2の排出が増える火力発電所の拡充よりも原子力に頼るのは、今現在の判断としてはやむを得ないのかな、と思える。

しかしボーパールの事故に対する姿勢を見る限り、インド政府に原発事故のリスクをどこまで低減できるのか、またひとたび事故が起きた際に、放射能汚染を最小限に食い止めて周辺住民への被害を最小限に抑える取り組みがどこまでできるのかは極めて怪しい。

2010年に議会では原子力被害民事責任法案が可決された。これは原子炉での事故が発生した場合に原子炉の建設企業と供給企業に一定の賠償責任を負わせる法律で、原子炉事故の責任を運営会社に限定したウィーン条約(1997年、国際原子力機関で採択)よりも厳しい内容だ。インドの原子力市場への参入を狙う各国企業は批判を強めているが、インドの原子力発電所の運用実力を考えると現実的な施策なのかもしれない。インドは原発を必要としながらも、それを責任もって運用できるかという点についてはなおも疑問が残り、技術力を持った外国企業に賠償責任を突き付けることによって、少しでもより安全性の高い設備を求めるしかないのだ。

それでも諸外国と比較して不安はある。大災害が起きた時の日本人の冷静さ、落ち着きぶり、モラルを失わない態度は国際的にも評価されているが、福島第一原発のような事故が万が一インドで起きた時には、日本よりはるかに2次災害、3次災害が広がるに違いない。国民の間でも教育を受けていない年代(主として貧困層の大人)を中心に浮足立って理性に欠けた行動に走るインド人は多いからだ。

インドでは何万人も集まる大きなヒンドゥ教のお祭りの際に、その一角で生じた小さなぼや騒ぎが集団パニックを引き起こし、みんな一斉に出口に向かって走り出して、結局何百人という死者を出す事故が後を絶たない。調べてみると焼死や煙に巻かれたことによる死亡者はほんのわずかで、死因の大多数は逃げている時に転倒し、後ろから来た人に次々と踏みつけられたことによる圧死だったりする。インドはまだそんな国なのだ。

 

原発が提供してくれるクリーンで安定した電力と、それを安全に運用できる人類の程度の間にはギャップがあることが指摘されていて、国際的にも議論が別れるところだ。

 

ヨーロッパの中にはすでに原発の全面廃止を決めている国もあれば、依存度を低くしていく政策を打ち出している国もある。日本はどちらかというと逆の方に進みそうだ。そしてインドでは原発計画が目白押しの状況だ(→インドの原子力発電所 参照)。

 

しかし原子力発電所から受ける恩恵と、それをコントロールする能力とのギャップが諸外国と比較しても大きい国の一つがインドではないか。果実を求めるのは理解するが、インドの原子力計画はとりわけ危ない綱渡りに挑んでいる気がするのだ。